不快というモチベーション

不快がモチベーションになることがあります。不快な何かを排除しようとする行動は、強いモチベーションを私たちにもたらします。

不快であることは嫌なことだし、あってはならないことだと思うので速やかに行動しようとします。そも、不快とは快の欠損なのだから、どうしてもそこに意識が集中します。考えて策を練り、もしかして逃走しようとするかもしれないし、諦めて受け入れることもあるでしょう。

そのどれかにしろ、それらの行動の後、人は以前よりは賢くなり心根も深くなっているでしょう。

人の進化は不快が促進させる

多くの人は「快」を求めるときに速やかに行動すると思っているかもしれません。

けれど、快適な状況は却って人を怠け者にしてしまいます。
もちろんそうではない人もいます。けれど大抵の場合はそうなるでしょう。

人類の進化の過程では、困難や災害のあとにはかならず、大きく改革があります。昨今のパンデミックもそうです。不快な苦しみはより進んだ医療と工夫された行動形態が生み出されています。

個人の場合もそうですね。失恋の後、成長する男女がとても多いと思うのです。失恋という傷を受け入れた時、心は深く豊かになるのです。
心が豊かに見える人ほどなにかしらの傷跡が多いように見えます。

不快を排除した時、人は密かに自分を誇りたくなります。どんな形にせよ、自分のエリアからにっくき不快をこの私が排除したのですから。自分を誇らしいと思う気持ちはすばらしいのです。

不快は方向性を示すことがある

不快とは快の欠損です。つまり、あるはずのものが欠けているという感覚です。
言い換えると、不快の排除とは快適さの獲得といえます。

そもそも人の意識は欠損、不足に向かいます。好奇心とか欲求とか、追求に研究、どのような言葉であっても欠損という状態のことです。当たり前に潤沢にあるものには意識は向きにくいのです。

例えば、いつもならあって当たり前のどこにでもある空気。それが、マスクをかけ始めて息苦しさに閉口する。空気を求めて人々は快適なマスクを考案します。息苦しくない、メガネが曇らない、おしゃれ、などなど。

不快が人を駆り立てたのです。

不快を探せ

あなたの中の不快は人生の方向性を示しています。

恋人が欲しいあなたは恋人を獲得するために魅力的になろうとします。顔つきや立ち姿や、知識も必要だしお金も必要です。あなたが獲得した魅力はあなたを強くし、成長させます。

初めから持っていて努力しなくても良い人だっているでしょう。そうね、確かに。

でもここでいう方向性とは、恋人を獲得するための行動は生き方につながっています。
魅力的になる行動は自己プロデュースのプロセスですね。

目的を定めて行動する時間は最高に生き生きとしています。でも結果がでたら、その時間は終わります。そしてまたあらたに不快を探して目的とし、排除していくのです。

不快の選択

もちろん、闇雲に突っ走るのはもったいない。人生は時間の過ごし方で、その時間も限られています。

周りのみんなが「そうするべきだ」ということでも自分がそう思えなかったら、躊躇しましょう。
不快は人が感じるものなので人によって違います。競争心は誰にでもあるけれど、同じところで競争するわけでなありません。みんなが徒競走で競り合うことはないのです。

私たちは選択の自由を持っています。不快を排除することも同じ。
賢く選択しましょう。

自分のため大切な人のために。